困りごとのいちばん近くにいる人間が、その解決策をつくる
現場で課題を感じ、当事者の痛みを直接聞ける立場にいることが、つくり手としての一番の強みだと思います。
慢性的な痛みのセルフケアを支える道具は、いまの医療現場には、まだほとんど上がってきていません。
よいアプリは、どこかにあるのかもしれません。ただ、医療者に知られていなかったり、ツールとしての完成度が十分でなかったりして、現場で実際に使われるところまでは届いていないと感じます。
診察室では、慢性的な痛みを抱える方の悩みを、毎日のように聞いています。何に困り、何が続かず、どこでつまずくのか。
その肌感覚を持っている人間が、課題を解決する道具を自分でつくり、医療の現場にきちんと届けていく。困りごとのいちばん近くにいる人間が手を動かすことに、大きな意義があると思います。
どのセルフケアを選ぶか。どんな粒度に刻むか。痛みの強い日はどう過ごすか。安全の線引きはどこか。こうした判断は、現場の感覚から離れた人ではなかなか理解できないと思います。そこで痛みを診てきた医師をはじめとする医療者が舵を握ることで、医学的な正しさと続けやすさを両立させられるのではと感じています。
これまで、医師がこうした道具をつくろうとすれば、エンジニアや企業と組むのが当たり前でした。けれど、お互いに共通言語が少なく、相手の現場感もつかみきれない。医師は実装の制約を、つくり手は臨床のリアルを、十分には共有できない。その溝のせいで、本当に必要な機能がうまく形にならず、「惜しい」もので終わることが少なくなかったと思います。
その溝を、いま AI が小さくしつつあります。Claude Code のような道具を使えば、専門のエンジニアでなくても、アプリの基盤くらいは自分の手でつくれる。頭のなかの「こういうもの」を、あいだに翻訳を挟まず、自分でかたちにして試せるようになりました。
もちろん、それを安全に使い続けられる完成度の高いプロダクトに育てるには、専門のエンジニアの力が欠かせません。ただ、最初のたたき台を現場の人間がつくれること自体に、これまでにない意味があると感じています。
ただ、アプリは運動器の痛みを「理解して付き合う」ことを支える、道具のひとつにすぎません。
本当に支えたいのは、痛みと付き合いながら、自分らしく過ごしていけることです。
痛みの仕組みへの理解も、生活に組み込めるセルフケアの選択肢も、そこへ向かうための入り口にすぎません。
どんなにいいアプリができても、届く人には限りがあります。だからこそ、アプリだけ、診察室だけに閉じず、届く形をいくつも持っておきたい。
アプリをつくることも、正しい知識を書いて伝えることも、同じ目的のために続けていきたいと思います。


「困りごとのいちばん近くにいる人間が、解決策をつくる」という言葉が、非常に深く腑に落ちました。私たちは何か課題を解決しようとするとき、つい高度な技術や外部の専門性に頼り切ってしまい、最も大切な「当事者の肌感覚」を置き去りにしてしまいがちです。どんなに優れたテクノロジーであっても、それは自分らしく生きるための入り口にすぎないという冷徹で温かい視座に、道具をつくることの本質を教わりました。現場の痛みに寄り添い続けるからこそ届く言葉の重みを、静かに受け止めています。